ひぃふぅみぃYO!
funky SAX!
スポンサーサイト
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
- - -
正義による芸術の破壊

先日ガウディの話をしたので、今回もついでにアートを。

赤瀬川原平は、その著書東京ミキサー化計画の中で次のように述べている。
「芸術とは、それを見た者があれ?これって…芸術?と思う瞬間とその直前の間に生まれる」
シュルレアリスムにおいてこの考えは言いえている。

この話からmixi,twitterが芸術を破壊していく可能性に着地したいと思う。
途中TWITTER、mixiの事をあまり良い表現してはいないが、自分自身どちらのアカウントも持っている。
インターネットの一般的な部分を掬いあげた場合の例としている。
つまり分析した結果、自分自身を多少傷つけている。

冒頭の文は、確かに芸術の一面を有する。
それでも全ての芸術を言い当ててはいない。

クリムトの接吻やミロのヴィーナス、
ミケランジェロのピエタ、
フランツフォンストゥックのファムファタールを写真でみて、惚れ、
現地に向かい実物を見る。
これも芸術の体験方法である。

では芸術とは何か。
冒頭の文に加え、
「よくわからないが何となく地域のものが継承し、
 守り続け、残っているもの」という一文を提出する。

これにより前述の芸術を作成する要請を起因として世に生まれたものも、
世界遺産等も芸術になりうる。

しかし、これを芸術の定義とした場合、次の問題が起こる/起こっている/生じた。
「正義による破壊」とする。
以下に見ていく。

TWITTERとは、ツイーター、さえずりを意味する言葉から来ている。
TWITTERは鳥のさえずり、BUZはハチがブンブン飛ぶこと。
一匹で為されるものではなく、
空集合、φ(ファイ)による音の環境である。
ひとりにも満たないひとりの活動の集団が形成され、大きなさえずりとなる。

○mixi,twitterに関わらず、インターネットは元より空集合の組織形成を為している。
 企業のPRや、何かやろう、等であればいいだろうが、
 起きた飯食った歯磨いた風呂入ったまだ起きてる、等、
 別に他に誰もいなくてもやるであろう事を報告する。
 (抑圧された)ナルシシズムの(偽装された)充足である。
 つぶやきであるため、返されなくとも何も恥じる事はない。
 これもナルシシズムに合致する機能である。

○この人が話している、という安心感もある。
 「この人が話している」という事に「安心感」を感じるというのは、
 個人的見解だが、憐憫の情が離れない。

とまぁ述べたものの、流布した原因は言ったもん勝ちであるだろうから、
ここまでとして、
こういった流布を含め、
インターネットの普及は事実であり、これが何をもたらすかに焦点を当てる。

現実との希薄な関係をもたらす。
そしてここに人倫が参入すると、現実を見ない正義が生まれ、全てを許さない潔癖症が生まれる。
何が起きるか。
相撲界が食い荒らされたが、今後は歌舞伎、宝塚、クラシック、
いろいろな今まで継承された権威あるものが食い荒らされていく。
直島あたりの現象と逆である。

つまり、現実との関係が希薄になった正義が、芸術を破壊していく。

以上となります。
合点して頂けましたでしょうか。

report from iron mountain comments(0) trackbacks(0)
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: http://stsector9.jugem.jp/trackback/47
<< NEW | TOP | OLD>>